拳学の心得

2002.08.1

一、不可不敬

  • 不敬は、すなわち外には師友を慢し、内には身体を慢す。
  • 心 収束せざれば如何によく学芸せざらん。

二、不可狂

  • 狂すればすなわち事を生ず。手 狂すべからずのみならず、言もまた狂すべからず。
  • 外面の形跡は必ずや儒雅の風気を帯びるべし、しからざれば外に狂せんや必ず中に失す。

三、不可満

  • 満すればすなわち損を招く。俗語にいわく、天外にまた天あり。
  • よく謙なればすなわち虚心にして教えを受け、これを告げるに誰か楽しまざらん、もって善きかな。
  • 衆善を積めばもって善善斯くも大なるべし。

四、細心揣摩

  • 一動を揣摩せざれば、すなわち勢機より情理にいたるまで、ついに茫昧となる。
  • 承上起下はまさにもっとも心を留むべし。此処に心を留めずば、すなわち来脈は真ならず、転換また霊動せず。始めより終わりまで一気貫通するあたわず。
  • 一気貫通あたわざれば、すなわち太和元気もついに問い難し。

五、読書を学び

  • 太極拳を学ぶにはまず読書を学ぶべし、書の理が明白になれば拳を学ぶのも自ずから容易なるべし。

六、陰陽開合を学び

  • 太極拳を学ぶには陰陽開合を学ぶべし、吾が身中にはおのずから本然の陰陽開合あり、教者のよく加損する所にあらざるなり。その本然に復せば教者すなわち止む。
  • 教者の規矩をもって教えるは、すなわち大中至正の理なり。

七、太極拳には大用無し

  • 太極拳に大用無しといえども、列強争う世に、武芸無かれば何をもって身を保たんや。
  • 人々の太極拳を学ぶも社会を保つ平和の一道なり。

現代語訳

一、不可不敬

  • 太極拳を学ぶには敬い慎むことが大切である。
  • 敬い慎むことができなければ、外に対しては師父や拳友をあなどり、内に対しては自分の身体をおろそかにしてしまう。
  • 心をしっかりとおさめることができずに、どうやって学芸をよくすることができようか。

二、不可狂

  • 太極拳を学ぶには狂ってはならない: 狂えばつまり問題がおこる。
  • おこないはもちろん、発言も外れることのないようにすべきである。
  • 外にあらわれるおこないには上品な人柄があらわれるようにすべきである。
  • そうでなければ外面的な狂いは必ず内を損なうことになる。

※狂=落ち着きがない、調子が外れる。

三、不可満

  • 太極拳を学ぶにはおごりたかぶってはならない: おごりたかぶれば損を招く。「天外にまた天あり」ともいう。
  • 謙遜すれば虚心にして教えを受けやすく、教える者も楽しくて善いことだ。
  • 皆の善さが重なれば、もっともっと善くなる。

四、細心揣摩

  • 太極拳を学ぶには一歩一歩細心に揣摩すべきである。
  • 一つの動作でも揣摩しなければ、細かい動きや術理があいまいになってしまう。
  • 承上起下はもっとも留意すべきである。
  • そうでなければつながりが分からず、霊妙な動きもできず、始めから終わりまで一気貫通できない。
  • 一気貫通できなければ太和元気を明らかにすることもできない。

五、読書を学び

  • 太極拳を学ぶにはまず読書を学ぶべきだ。
  • 書物の論理が明らかになれば、拳を学ぶのも自然に容易になる。

六、陰陽開合を学び

  • 太極拳を学ぶには陰陽開合を学ぶべきだ: 我々の体には生まれながらの陰陽開合があり、教えて増えたり減ったりするものではない。
  • おのおのその本来の陰陽開合を取り戻せばよい。
  • 手本を示して教えるのは、大中至正の道理である。

七、太極拳には大用無し

  • 太極拳は有用とはいえないが、列強が争う世に、武芸が無ければどうやって身の安全を保てばよいのだろう。
  • 人々が太極拳を練習するのは社会をまもる一つの方法である。